fusionplace - 経営管理×ITの広場

経営管理×IT、そして経営管理クラウド fusion_place に関する情報を発信します

経営管理システムの課題と取り組み⑤ ― 自律志向の管理会計基準

経営管理メールマガジン Vol.5 です。

管理会計基準と自律的経営

管理会計基準とは、事業や拠点の利益などの計算ルールのことです。管理会計基準の中核には費用の配賦(負担)基準の選択の問題があります。事業部制会計では、本社費を各事業部に売上高比で割り振るか人員比で割り振るかといったことがテーマになりますし、活動基準原価計算では、物流部門や品質保証部門など間接部門の費用を活動別に把握し、適切な「コストドライバー(=活動量)」で製品や事業に負担させることが提案されます。

経営判断のためには合理的な基準にもとづいて計算された適正な原価や利益が必要ですし、合理的でなければ業績管理に使うにしても納得性が薄れます。配賦・負担基準の選択が重視されるのは妥当なことです。他方で、費用配賦の合理性には限界があるために、適切な配賦基準の得られない費用は配賦すべきではないといった主張も生じます。

一方、配賦(負担)基準選択に関する議論の影に隠れていますが、それと同程度に重要かもしれない論点があります。企業組織の各レベルにおける自律的経営を促すために配賦はどのようにあるべきかという論点です。

実績配賦は自律的経営を阻害する

月次管理会計報告での拠点別利益の計算において、営業本部費を人員数基準で各営業拠点に割り振るケースを考えましょう。広く行われている「実績配賦」では、本部費と拠点人員数合計の実績値をもとに、毎月、配賦レートを算定し、拠点ごとの人員数にそのレートを乗じて本部費負担額(配賦額)を決定します。

各拠点の本部費負担額 =(本部費実績/拠点人員数合計)×その拠点の人員数

このような負担ルールのもとでは、ある拠点の本部費負担額は、以下の3つの要因の影響を受けます:

  •   ① その拠点の人員数
  •   ② 他の拠点の人員数
  •   ③ 本部費の実際発生額

このうち、拠点リーダーが責任をもって説明できるのは、①自拠点の人員数に関してだけです。実績配賦を採用していると、予実差などの分析報告に、拠点リーダーにとっては他律的な要因が混ざり込んでしまうのです。結果として報告内容は、「ウチは頑張ったのですがヨソからの付替費用が増えて...」というように言い訳じみたものになります。報告を受ける営業本部長も、「本部費が増えて...」といった報告を全拠点リーダーから代わる代わる聞かされることになります。なんともつまらないことでしょう。

自律とは、なすべきことを自分で決定し、なしたことに対して説明責任を負うことです。他人がしたことについてまで説明する義務を負わせると、自分は努力したが周りの環境が悪かったと考える方向に人は傾きがちです。だとすれば、上述のような状況は、自律的経営マインドの醸成を阻害しているのではないでしょうか。

この例では、業績指標(KPI)として拠点別利益が用いられていますが、それは必ずしも前提条件ではありません。組織内各レベルで経営マインドを醸成しようとする場合、KPIに何らかの形で費用要素を織り込む要請が出てくるのは必然ですので、費用配賦の問題もそれに伴い生じます。

予定レートの採用による自律性の回復

さて、このような弊害を除去するには、簡単な手法があります。予定レートの採用です。上述の例で言えば、本部費負担レートを予算編成時に決めておきます。毎月の実績や見通しの計算では、各拠点の実績人員数にこの「予定レート」を掛け、本部費負担額を算出します。この方式であれば、各拠点の利益などの計算に前節の②③のような他部署要因が影響を与えることはありません。拠点リーダーは、自分が説明責任を負うべき予実差についてのみ説明すればよいのです。

予定レートは従来から用いられてきましたが、一般的には、計算簡素化のための手法と捉えられてきたように思います。本来は実績レートが望ましいのだが配賦計算が複雑になるので予定レートを採用するといった説明がなされます。

しかしながら、予定レートには、ここで述べたように、各部署の管理会計数値から他部署要因を排除することによって各レベルのマネージャの自律的経営マインドの醸成に資するという、より重要な意味を持たせることも可能です。

予定レートへの反論

予定レートの適用に反対する立場からは、次のような主張があるでしょう。

「経営者の立場に立てば、本部費は全て回収する必要がある。ならば、管理可能であろうがなかろうが、経営の一翼を担うべき各拠点は、本部費が増えた場合には応分の負担をしなければならない。また、他拠点の人員が減ったなら本部費の回収についてそれだけ重い責任を負うべきである。それが現実のビジネスの厳しさの中での自律性なのだ」という主張です。

私たちもこの考えに同意します。一方で、そういった負担増は、なりゆきで課してはならないと考えるのです。本部費が当初予算を著しく超過するような状況になれば、予算を修正すべきです。本部費負担レートも修正し、各拠点予算も修正します。その結果、売上の上積みや他の費用の抑制が必要になるかもしれません。そういった修正は、当初予算編成時と同様、営業本部長からの説明とそれを受けての各拠点リーダーの受容と検討というプロセスを経て実現されるべきものです。

期中での予算修正には手間がかかるかもしれませんが、これこそITの使いどころです。経営管理におけるITの活用にあたっては、業務工数を削減するといった定量効果を超えて、このように、従来なら工数制約により実現出来なかったかもしれない経営管理の質的向上を狙うべきものではないでしょうか。

予算編成における自律性の醸成と予定レート

予算管理における自律性の視点から、もう一点、意を用いるべきことがらとして、予算編成における予定レートの適用というテーマがあります。何を言っているんだ?予算を作るのだから実績ではなくて予定に決まっているじゃないか、と思われると思いますが、少々お待ちください。

予算編成の過程では、営業本部でも拠点でも同時進行で予算を作成します。このため、拠点予算の作成時には本部費負担レートが決まっていません。人件費などの費目について本社の担当部署が全部署分横断的に予算立案する場合も同様の状況が生じます。

この場合、各拠点の予算上の総費用や利益は、予算編成を締めてみないとわからない、ということになります。各拠点のリーダーは、このように「結果として」決まる総費用や利益の予算額を、「上」から割り当てられたものと感じます。自律性を醸成する管理会計という、私たちが追求している理念にそぐわない事態です。

ここでご提案したいのは、各拠点の予算編成に先だって予算立案に用いる各種レートを決め、各拠点の予算はそのレートをもとに立案するという方式です。本部費の例で云えば、拠点予算編成に先だって本部費負担レートを決めておきます。人件費についても(職務等級別の)単価を決めておきます。このようにすれば、各拠点では、他部署の予算の確定を待たずこれらレートを用いて自部署の予算上の総費用や利益を算出することが可能です。拠点リーダーにとってみると、自拠点の予算の全体を自分が立案することになるわけです。

予定レートは、前年度実績などにもとづき、予算編成方針の一部として、経理や経営企画といった主管部署が(営業本部などの協力も得て)用意出来るでしょう。予定レートを用いることの帰結として予算上も配賦差額が生じます。とはいえ、予算が編成方針から大きく外れなければ差額は僅少でしょうし、仮に多額になったとしても、前提条件を見直して予算修正をかけることが出来る点、前述の期中修正の場合と同様です。

こうした予算編成の方式はむしろあたりまえのように感じられるかもしれませんが、私たちの経験では意外に採用されていません。部署別・拠点別の予算管理が比較的できている企業においても、売上や経費の予算データをすべての部署から収集した後で、経理や経営企画が配賦計算などをおこなって拠点別利益を「算出」し、各拠点に「通達」しているケースが多いようです。管理会計浸透の第一歩としてそのような方法を採っているとしても、さらに進んで、経営者的自律性を現場のマネージャに根付かせることを考えるのであれば、予定レート方式の採用を検討すべきではないでしょうか。

管理可能性と説明可能性~環境適応型予算管理との親和性

管理会計においては「管理可能性」が強調されてきました。例えば、拠点の利益の計算にあたっては、拠点にとって管理可能な収益・費用だけを計算に含めるべきだと言われます。しかしこれは明晰なようでなかなか難しいアドバイスです。拠点の売上高は拠点にとって管理可能でしょうか。云うまでも無く今期の売上高は、過去から築いてきたブランドや顧客とのリレーション、今期の景気動向などにも影響されます。利益を構成する収益・費用の中で厳密に管理可能な要素はむしろ少ない場合が多いでしょう。だからといって、管理不能な要素を計算から除外していけば、P/Lは、管理不能項目だらけになってしまいます。

ここまでのお話しの中で、私たちは「管理可能」という言葉を意図的に避け、「説明」あるいは「説明責任」という言葉を用いてきました。「管理可能性」に代わる「説明可能性」という概念を、管理会計基準設計の導きの手として用いるべきではないかという思いからです。ここまで一貫して例としてきた本部費は、拠点にとっては管理不能というのが管理会計での一般的な理解と思います。しかし、上述のように予定レートによる割り掛けを行うならば、拠点にとって説明可能な項目となります。管理可能か不能かは費目の性格と発生部署で決まってしまいますが、説明可能性は計算基準の工夫で「付与」することができます。企業組織の各レベルにおける自律的経営を促すことを管理会計の狙いのひとつに定めるならば「説明可能性」の方がガイドラインとして有用と思われます。

前々回前回、予算管理の新しいコンセプトとして「環境適応型予算管理」を提言しました。成熟経済下で先が読みづらい一方で予測情報を含む財務開示の重要性が増大した今日の経営環境においては、業績評価はバランストスコアカードなど他のシステムに委ねつつ、予算管理は、その本源的な機能である「計画・調整」に集中すべきという考えがその根底にあります。

そうした考えをとった場合、業績の達成に向けての動機づけは他システムに委ねるにしても、予算管理に真剣に取り組む動機を何に求めるのかが問われるでしょう。説明責任のコンセプトはその問いへの一つの答えです。

環境適応型予算管理のもとで、各マネージャは、成果の達成に向けて努力する責任とともに、その達成のために自らはどのような想定のもとに何をしようと考えているのか、実際にそれを実行出来たのか、想定は正しかったのかということを、説明する責任を負います。そして、経営サイドとしては、そのような説明責任をマネージャに課すからには、説明責任の履行を支えるような管理会計制度を構築する責務があると言えるでしょう。このような理由から、説明責任と説明可能性の概念は、環境適応型予算管理とも密接に関連しています。

話が少々理想的に過ぎるとお感じになられたかもしれません。しかし、読みづらい現代の市場に向き合う上で、号令一下全メンバーが同じ行動をとる上意下達的な体制と、各人が自分の持ち場で工夫を重ねる分権的な体制、いずれが適切でしょうか。後者であると答えるならば、予測と軌道修正を旨とする環境適応型予算管理と、今回ご提案した自律志向の管理会計制度は、その体制に向かう車の両輪となるのではないでしょうか。